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オタク、ボブネミミッミと実家の母を重ね合わせて泣く

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俺だ。ときーだ。

皆さん、アニメ・ポプテピピックは見てますか?

僕は土曜夜って飲みに行ってるか1週間の仕事の疲れから早く寝ることが多くて、日曜日の10時前ぐらいに起きて朝飯を調達して、朝飯を食べながらニコニコ動画である程度コメントが潤った状態でポプテピピックを視聴しています。

世界一クソな休日の始まり方をしていますが、なんだかんだ毎週楽しみに見ているので救いようがない。

そんなポプテピピックなんですけれど、今日は問題の新コーナー・ボブネミミッミについてのお話です。

こんな辺境ブログを覗いている時点でポプテピピック視聴済みという前提で話を進めますが、ボブネミミッミってまーひどいもんですよね。

1コマ毎ぐちゃぐちゃな作画と2人のおっさんによるアテレコ。きがくるっとる。

元々ポプテピピック自体アクが強すぎる作品なわけで、何が箸休めだよ油もの食ってる時に油飲ませるなよみたいな声もありますし、僕自身も最初は懐疑的でしたね。

加えて声優が変わる本編(?)と違って全く同じものが2周襲い掛かってくるなんて冷静に考えれば正気じゃねえぜ。

しかし、3話ぐらいからですかね

「あっるぇ~ボブネミミッミ案外苦じゃねえぜこれ~」

これ、自分でもしっかりとした解答が得られているわけじゃないんですけど、恐らく今の自分だから受け入れられてる部分が大きいと思うんです。

00年代中盤から10年代前半にかけて、アニメは深夜に暗い部屋で親に隠れながら見るものだったのですが、段々と成長するにあたってアルバイトなりで自分でお金を稼げるようになり、

お金の使い道も時間の使い方も、親に縛られること無く自分で自由に管理出来る年齢になった僕は録画の機材を揃えたりして毎クール15本以上はアニメを見ていました。

名作と呼ばれるものも、駄作と呼ばれるものも、とりあえず全部見てから話そうじゃないかといった典型的な結構キツイ系のオタク、俺。

でも逆に、当時の僕にはボブネミミッミは視聴に耐えられる代物ではないと思います。

アニメ視聴に際して変なこだわりを持っている人間ではないのですが、合間に挟まれるコーナーが本編と全く毛色が全く違うんですよ。共通点は狂気のみ。

しかもひどい(クソではない)。

それ単体でもある程度楽しめるらっきー☆ちゃんねるとはわけが違うわけです。

らっきー☆ちゃんねると違ってボブネミミッミはクソというポプテピピックの免罪符でどうにか出来るものじゃないんです。僕は好きじゃない。

好きじゃないものは受け入れられない。そんな学生でもいいじゃないか。

社会人になり、今でこそ毎クール1~3本しか追わなくなったライトなオタクになったわけですが、僕も当時と比べて年齢を重ねたわけで、

「別に同じアニメの中で無茶苦茶な番外があっても、それは多様性っつーことでええんとちゃうか?」として受け入れられるようになったのかなと、個人的に解釈しています。

逆に本編と切り口が全然違うからこそ、「まあ、これはこれだしな・・・」と感じられるまさに箸休め。

大人になるって、多分こういうこと。

僕は地元の大阪から東京に出てきて5年目ぐらいになります。

僕も兄も東京で働いているので実家には母親と、年が離れてまだ学生の弟の2人暮らし。

昔、僕も兄も野球をやっていた為に昔から大食漢で食費圧迫していただろうなあと今になって申し訳ない気持ちになるのですが、やはり学生、白米!肉!白米!肉!白米!肉!といった偏食になりがち。

それじゃ栄養が偏るから、母親は野菜もしっかり食べなさいとバランスの良い食事を出してくれていて、僕は野菜嫌いではないですが好き好んで食べるようなタイプではないものの、出されたからにはちゃんと食べようと思うタイプ。

そう、出されたからにはちゃんと食べるんですが、そうでない場合もある。

母親が

「田舎から野菜いっぱいもろたからとりあえず炊いといたけど(煮物)、食うか?」

と、あえて夕食の献立として出すようなものではないけれど、箸休めに食べたいならどうぞ。といったものに関しては

「大丈夫、これだけでええよ」

と断ってあまり食べようとしなかったんですね。

いやだって学生だぜ、人参とゴボウと里芋とレンコン。根菜だけの煮物とかいるかよ。豚汁にして出直してこいやですよ。

話は現代に戻り、東京に出て5年目というタイミング、食事は外食が増え、たまにする自炊も1品+白米という典型的男飯。

実家暮らしの頃は母親の食事もありがたかったと今理解するね。

母親もそろそろしんどい年なので盆と正月は必ず帰省して、たまにの美味しいご飯に連れて行ったりしてるんですが、実家にいる間毎日とはいかず、普通に母親が作ったご飯を食べるという日もあります。

母親の作ったご飯は相変わらずで、タッパーに入っている煮物やお浸し、酢の物を冷蔵庫から取り出し

「これあるけど食べるか」と、昔と変わらず色々と出してくれます。

昔はいらないと断っていた僕はと言うと

「うん、もらおうかな。さっき冷蔵庫に○○もあったけど、あれも食べよか」

と、絶対に断りはしないし、折角母親が作ったものならと、むしろ欲するようになったんですよね。

これは日頃の食生活のせいではなく母親の愛情に対する感謝で、これも大人になるという事の一つなのかなと。

昔は不要だと思っていた箸休めも、今ではしっかりと受け取ります。

子供にはいっぱい食べさせてあげたいという母親の愛情をしっかり受け取ります。

昔は不要だと思っていた(であろう)箸休めも、今ではしっかりと受け取ります。

色々な側面を持ったポプテピピックを観てほしいという、AC部の愛情をしっかりと受け取ります。

ボブネミミッミというAC部からの愛情に俺は泣いた。